スプリンギンマガジン
オンラインセミナー「未来の可能性を拡げるSTEAM教育」レポート後編
探究とは答えがないものを問いにすること
2021年10月1日に開催されたしくみデザインのオンラインセミナー「未来の可能性を拡げるSTEAM教育ー探究心は学びの原動力ー」。様々な教育現場でSTEAM教育を実践されているSTEAM教育家の中島さち子氏をお迎えして、STEAM教育とはなにか、そしてSTEAM教育を実践する効果的な方法をお伺いしました。聞き手は創造的プログラミングアプリ「スプリンギン」の開発者である株式会社しくみデザイン代表の中村俊介。この記事ではセミナーの模様を再構成して、レポートとしてお届けします。
レポート後編では中島さち子さんのニューヨーク滞在記をきっかけに「問い」と「答え」について考えてみました。
自分の人生だし、じゃあ行ってしまえと、娘と一緒にニューヨークへ
中村:僕はさち子さんこそ探究心の塊だと思うんですよ。ふわっとした話だけじゃなくて、せっかくゲストに来ていただいているし、さち子さんの話を聞きたいなと思っています。さち子さんはこの間までニューヨークに住まれてましたよね。
中島:そう、行ってました。
中村:そもそも何をしにニューヨークまで行ったのかなっていうところを、ちゃんと突っ込んで聞いていないなと思いまして。探究心の話につながりもありそうだし。
中島:数学オリンピックのおかげで、高校2年生のときにインド、高校3年生でアルゼンチンに行ったんですけど、本を読んだり、社会科の授業などを通じて、自分は結構世界を知ってるような気になっていたんだけど、五感を通じて生身の人と会ってみると、全然違ったんです。
お互いに言葉も通じないし、バックグラウンドも全く違うかもしれないけど、ニコってしたらむこうもニコってするし、なんかコミュニケーションはできるわけですよね。さらに数学オリンピックなので世界中の100ヶ国ぐらいからが集まってくるんです。そして名前も知らない国から来た子たちといっぱい仲良くなれた。そしてコミュニケーションのなかで自分自身や自分の住む日本についていろいろ質問をされるわけです。
中村:よくある話ですよね。僕も海外に行くたびに経験します。
中島:「あなたはどう思うの?」とか聞かれるわけですよね。そうすると何か知ってるつもりで知らなかったなとか、そんな風に考えたことがなかったな、って自分の中で世界が広がっていって。すごく楽しかったんですよね。
中村:それが今回のニューヨーク滞在につながったと。ニューヨークって多様性のるつぼだと言われますし。
中島:海外は大好きでよく行っていたんです。ただ住んだことはなかったんですよね。だから娘もちょうど思春期前くらいだし、自分の人生もちょうど節目だったので、じゃあ行ってしまえと思って、娘と一緒にニューヨークに行ったんです。そこでニューヨーク大学芸術学部のITP(Interactive Telecommunications Program)に参加しました。
中村:すごい。するとニューヨークにはメディアアートを勉強しにいったって感じなのですか?
中島:さくっと言ってしまうとそうですね。メディアアートというか、まさにアートとテクノロジーを学びに行ったというか。普段自分はSTEAMが大事って言っているけど、よく考えたら数学と音楽はよく知っているけど、他のところをつなげられていないなと思ったんです。そして最初は「誰かと一緒にやろう」と思っていたんですが、そのうちに自分でもやってみたくなって。
日本とニューヨークをインターネットでつないで、いろんな人とすごく面白いことができました。コーディングが得意な人もいれば、コンセプトを考えてまとめるのが上手い人もいるし、見た目を整えるのが得意な人、人をまとめるのが上手い人、色んな人がいましたが、そのなかで探検や冒険と言ってもいいような経験でした。
中村:最初に言ったとおり、さち子さんは探究心の塊そのものでしたね(笑)。
その上で、色んな人がいるというのは大切ですよね。STEAM教育で大事だなって思うことのひとつに「STEAMの5分野をすべて好きになりなさいってことではない」ってことがあると思うんですよ。5分野全部できるようにならなきゃいけないってわけではなくて、全部ちょっとずつ触ってみて、自分これ好きだなとか、自分これあってるなとか、っていうのを見つけるっていうのがSTEAM教育の大事なところだと思っています。そして組み合わせることが新しいものを生むってことを知ることですかね。STEAMなんだから全部得意にならなくちゃいけないって思わなくてもいいようにしたいですね。
中島:その通りですね。あとは前に出て発表できる人とか、よくしゃべれる人って目立ちますが、STEAM教育ではコンセプトを大事に考えることができるとか、絵を描くとか、そういう人たちをちゃんと評価することが大切ですね。自分と似たような人って、自分と似たようなことしかできないことが多いし、多様性を尊重することで価値はすごく広がります。
探究とは答えがないものを問いにすること
中村:コメント欄に質問が来ていますね。「探究っていうのは答えを探すことだと思っていたのだけど、そもそも答えがないとはどういうことなのか」という質問です。
中島:「答えとはなんぞや」って哲学みたいな話になってしまうんですが……ジャズを例に考えてみましょうか。ジャズってインプロビゼーション(即興)のイメージが強い音楽かもしれないんですが、もちろん譜面はあるし、理論もあるんですよ。まさに「しくみ」があると言ってもいいかもしれないですね。
中村:ありがとうございます(笑)
中島:でも「しくみ」は一つじゃないんですよね。同じ曲でも「今すごくゾクッとする音が出せたな」というときもあるし、「なんか今のは違ったな」というときもあるんです。
自分がどんな音を出すかとか、そもそも音を出すかを選ぶというのは、その瞬間瞬間に自分なりの答えを選び取っているってことですよね。そしてそれが唯一の正解ではないし、別の答えがあるのかもしれないし、その答えが理論どおりでなくてもいい場合ももちろんあります。
つまり正解ってたぶん色々あるんですよね。誰の視点かにもよるでしょうし、何をもって正解とするかにもよるでしょう。そして過程がちょっと変わっただけで、見えてくる世界って大きく変わったりするわけなんです。つまり「誰にとっての、いつのタイミングでの答えなのか」。
中村:大きな一つの答えに向かっていくのではなく、答え自体はたくさんあって、それらはつながっているんだけど、ずっとつながっているから終わりがない、と表現するのがいいのかもしれないですね。答えを通過することでさらに次のことを見つける感覚なのかなと。
中島:「答えを通過する」っていいですね。抽象的ですが、答えがないわけではなく、永遠に次の問題が生成され続ける感覚というか。
中村:参加者の方から良いコメントを寄せていただきました。「分からないことをいかに問いにするかということが探究心」。なるほど、これも深いですね。問いにすること自体が探究であると。
中島:そうですね、やっぱり問いを立てるってすごく難しいし、すごい価値があることだと思います。
困ったことをストックしておくと問いになる
中村:ちょうど「問い」が話題に出てきたところで、事前に参加者の方から寄せられた質問を取り上げたいと思います。「本質的な問いをたてるにはどうすればいいでしょうか。何かいいコツはありませんか?」
中島:まずは「最初はできなくて当たり前」っていうところを前提にしておきたいですね。
中村:まずそれは大前提にしておきましょう。
中島:その上で、何かやっぱり困ってることがあると問いって生まれやすいんですよね。でもやっぱり日本ってそこまで困っていないんですよ。学校で授業をするときに「困っていることを解決しよう!」と問いを立ててみても、「え? どうしよう?」って反応になってしまうんですよ。そして結局「自動で掃除をしてくれるといいな」みたいなところが始まってしまうんです。
ただ徳島商業高校で出てきた「困ったこと」そして「その解決のプロセス」が面白かったんですよ。曰く、毎日自転車で学校から家に帰ってるんだけど、風の強い日の自転車がすごい大変なんだそうです。ただヨットを見ていると、風でしゅーっと気持ちよさそうに進んでいると。だったらヨットみたいに何かちょっと帆みたいなものをつけて、風で動く自転車を作れないかって考えはじめたんですね。
そうするとエンジニアが面白がって「だったらヨットってこういう原理で計算して作られてるから、これで計算してみたら」とアドバイスして、計算を始めて、この素材でこうやってみてこういう形にしてみたらと試行錯誤をしたんです。
そして結果としてわかったのは、自転車にヨットのように帆をつけて風で動かすためには、帆の横幅が道路の幅を超えるぐらい大きなものが必要だということになって、これは実用的ではないと分かりましたみたいな発表をしてくれたんです。
中村:いいですね。
中島:意外に身近なところにわかりやすい問いたちが待ってると思うんですよね。普段私たちも困っていることに対して文句とか言うじゃないですか。それが問いの種になると思いますね。
中村:それを僕は普段からやってるんですよね。文句は吐き出さないで溜めておく。溜めておくといっても悶々と溜めるんじゃなくて、「これ、使いにくいなぁ。何でこうなっちゃってるんだろう」っていうのをストックしておくんです。そしてそれをどうやったらできるに変えられるかを考えるんですよね。
その一番わかりやすい例が「KAGURA」なんですよね。楽器を弾けるようになりたいけど、でも練習したくない。練習しなくても適当に弾けるような楽器はないかなと思って探したけど、なかったんです。だからしょうがないな、自分で作るか、と思ってカメラで画像処理をして、身体を動かすだけで演奏できる楽器を作ったのが今のキャリアのスタートなんですよ。
中島:何かやっぱりやりたいことって大切ですよね。確かにみんなどこかに「楽器を演奏したい」って気持ちって持ってるんですよね。音楽家としての素質というか、気持ちというか。でも楽器を弾くには訓練はやっぱり必要で、訓練の面白さもあるんだけど、それだけでは続けるのは難しいですよね。
中村:やっぱり「できるようになりたい」とか「困った」が、良い問いの源泉として身近なものかもしれませんね。そしてその解決のプロセスが「探究」になって、STEAMの実践になるんでしょうね。
中島:「何をやっていいかわからない」とか「探究ってどうしたらいいんだろう」とか「よくわからないから怖い……」みたいに、STEAMがネガティブに見えてしまっている指導者の方もたくさんいると思います。ただ最初は全く見当がつかなかったことでも、その背景にあるものが具体的に徐々に見えてくると「なーんだ、たいしたことないな」「面白いじゃん、できるかも!」ってなるんですよね。何事も時間がかかるけど、だんだん見えてくると自分なりの次なるステップを一歩踏み出してみようという気になるはずです。そうなることをすごく期待しています。
デジタルとフィジカルをつなげるSTEAM教育にSpringin’はぴったり
中村:今回こうやってセミナーにご登壇いただいたのは、しくみデザインが提供する未就学や小学校向けの創造的プログラミング教材「Springin’ Classroom」内で、さち子さんが監修してくださったSTEAM教材の提供がスタートしたからなんですよね。
中島:そうなんです。監修していて、すごく楽しかったです。
中村:スプリンギンを使った教材をしくみデザインではこれまでいくつか提供してきたんですけど、その中でプログラミングっていう形ではなくて、プログラミングを使って、もっともっと広いことを学んだ方が絶対楽しいじゃんという思いがずっとあるんですよ。そしてそれにあえてカテゴリーをつけるとしたらSTEAMだよなって思って、STEAMの教材を作ろうって話をしたんです。となるとSTEAMの教材なんだったら、ぜひさち子さんに協力をお願いしたいと思って連絡したら、快諾をいただけて。しかも出来上がったのがすごくおもしろかったんです。
中島:よかったです!
中村:現在提供しているのは13種類ぐらいですが、さらにここから追加で40個、50個と目指して作っています。ちょっといくつか例をお見せしますね。
これはシーソーですね。スプリンギンには重力や反発などの物理現象を再現する「物理演算」がそのまま組み込まれているので、シーソーを作るのも一瞬なんですよ。棒描いて、三角描いて、固定するだけで、シーソーを作れちゃうんですよね。そのうえでこの機能を使って、どうやったら楽しめるか、どうやったら学びと楽しみが同時にできるかなということを相談してできたのがこの教材です。
中島:最初はシーソーに重りを載せてどっちが重いかな、というちょっとお勉強っぽい内容だったんですよね。もちろんそういう使い方もできるので、内容に応じて使い方を変えていいと思うんです。
そのうえでこの教材では、ゾウとネズミに登場してもらうことで、子どもたちの想像力を活かして、リアルな世界との見立てが行われることに着目しているんです。実際の世界だったら、ゾウは大きくて、ネズミが小さいってことになってしまうんですが、物語とかではよくネズミがゾウに勝ったりしますよね。そういう「どうやったらネズミがゾウに勝てるだろうか?」って現実ではなかなか難しいことを考えるにはデジタルってぴったりなんですよね。
中村:なるほど。いまこうやってネズミをたくさん置いてみましたが……。
中島:例えばたくさんネズミに登場してもらっても「あぁ、まだ負けている」と。じゃあ、どうしようか、となるわけです。なかなか現実世界ではできないけど、もっとネズミを増やすこともできるし、それ以外にも他にどんな方法があるだろうかって考えることができるんですよね。そして方法を思いついたとして、それはなぜ現実世界ではできないんだろうか、いや将来できるようになるかもしれない、それにはどうすれば……といろいろ考えられるなと思うんですね。
もしかしたら、中にはこれどうやって重さ決めてるのかなって、背後にあるロジックみたいなことを考えはじめて、もしかして面積が関係するのかもと気づく子供たちもいるかもしれません。
中村:そうすると、もう数学の一歩ですよね。
中島:そうやっていろんなことができるから楽しいし、学校で学ぶ「てこの原理」の話などが全部つながってくる。逆に「てこの原理を学びましょう」としてこの教材に入ってしまうと、たぶん子どもたちはすごく嫌になると思います。「ここまで見つけた人は正解!はい終わり」としてしまうと、やっぱり試されてる気持ちになっちゃうんですね。答えがいろいろあることを前提に、たくさん答えへの道をなぞりながら、試行錯誤を重ねていくことで盛り上がると思うんです。中には私たちが予期してないようなことを考え出す子が出てきますよ。
中村:どれも正解だよってちゃんと言えるようにしたいですね。
中島:あとはやっぱりフィジカルでやってみるということの大切さですね。シーソーって最近は危ないからってだいぶ撤去されたりしていますが、ただシーソー的なものって世の中にいっぱいあるし、完全になくなってしまったわけではないですよね。そこで、じゃあ本当にやってみよう!って公園に行って「君はもうちょっとあっち行ってみろ」とか「じゃあこっち3人に乗ったらどうなんだ」とか「最初は後ろの方に座って、そのあと前に行ったらどうなるんだ」とか、やっぱりフィジカルに五感を使って体感する機会があると、さらにこのスプリンギンの面白さとか良さってのが分かるんじゃないかなってすごく思いますね。
こうやってデジタルとフィジカルをつなげることができるから私はスプリンギンが大好きで、いたるところでスプリンギンの営業マンみたいな話をしているんです。
中村:さち子さんに監修していただいた第1弾が現在出ていて、まもなく第2弾も出ます。そして子どもたちも自分でどんどん作っていくと、作品がすごくたくさんできます。そういうときに学校や教室で便利に使える「Springin’ Classroom」というサービスを始めています。
「Springin’ Classroom」があると、Springin’ を学校内だけとかクラス内だけでつなげて、作品の提出や教材のやりとりができるんですね。さち子さんが監修してくださった教材だけでなく、これまでに提供してきたさまざまなオリジナル教材も全部使えるようになります。
中島:作品をずらーって見れるんですよね。すごい楽しそうです。
中村:そうです。全部見れるんですよ。僕は開発している側の人間ですけど、めっちゃ楽しいですよ。ご興味のある方はぜひ気軽にinfo@shikumi.co.jpまでお問い合わせください。